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2011年4月

店主の正体~第2幕~

2011.04.03

blog

皆さん、こんにちは。

先日店主の正体の第1幕をお伝えいたしました。

商品のことではないのに読んでいただいた方ありがとうございます。

さて、本日はその続きです。(もう何回か続く感じですが、、、)

今回も商品情報は一切ございませんので、

興味ない方は飛ばして下さい。

長いですので、、、お気をつけて、、、。

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H13,8 テイジンメンズショップ銀座本店入社

ginza01.jpg

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ここでいきなり猛烈な一打を受ける。

初日にM先輩から飲みに誘っていただき、席に着くや否や、

M:「山田君は何年代が好きなの?」

と質問される。

その当時は何が何だか、何の質問をされているかもさっぱり

分かりませんでした(焦)。どう考えても答えが出てこないので、

山田:「先輩は何年代がお好きなんですか?」

と尋ねてみると、、

M:「俺はねぇ、30年代が好きなんだけど、〇△☆〇△★〇」

その答えが、サ~~~~ッパリ分かりませんでした。

東京来たばかりで、超猛烈な一打をくらいました。

「東京ってすげ~な~!ここまでじゃないと通用しないのか~」

と衝撃をうけたものです。

* しかし、東京で10年やって分かったことは、M先輩があまりにも

ファッションの歴史の知識量がすごすぎる、

M先輩が業界全体を通しても、突出した情報量をお持ちで

みんながそうなわけではなかったんです。

そんな人といきなり出会い勉強させてもらえる。。。

私は運が良いです。

そこから1年間私はドレススタイルの歴史をM先輩に毎日質問しながら

必死で学んでいました。家でもずっと文献などを読んでいたんで

たぶん平均睡眠時間4時間くらいだったと思います。

テイジンメンズショップでは 「接客」 「おもてなし」 ということが

とてつもなく身につきました。

というのも、銀座のど真ん中で、歴史も50年以上ある、由緒正しき

SHOPなので、各界の超有名人を対応させていただくいことも

ありますし、何十年と通ってらっしゃる顧客様も御来店されます。

入社したての私なんかが接客対応させていただくレベルではなかったので、

約一カ月はエントランスに立っての1日中御挨拶係でした。

「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」を徹底的に

指導していただきました。また商品のたたみ方、お包みの心得など

いわゆる”一流”というものを勉強させていただきました。

接客をさせていただくようになってからは、日々のたち振る舞いまで

変わってしまうほど”一流”を教え込んでいただきました。

テイメン本店で働かせていただいているときにすごい方と御挨拶させていただく

機会がありました。

お店に3人のお付きを連れられたおじいさん(失礼ながら、、、)が入店してこられました。

すると店長初めスタッフの皆さんの空気が一気に変わりました。

「なんだ?あのおじいちゃん。なんかまたすごい人なのか?」

と思っていると、ななななななんとそのおじいちゃんは、

日本ファッションの創設者、石津謙介先生じゃありませんか!!

「VAN」の創設者であり、「VAN」が無ければ日本の今のファッションはありません。

とんでもない方と御挨拶することが出来ました。生前のファッションの神様とお会いし、

御挨拶できたなんて、私は運がいいですね。

テイメン時代のあったことを書き出したら1冊の本になってしまうので、少しだけ、、、

まだ山口弁が抜けないくらいの時期に、THE ファッション業界”を体験する機会に恵まれました。

入社して4カ月、、12月になりM先輩が

M先輩 :「クリスマスパーティーがあるんだけど行く?」

山田 : 「えッ!?なんですかソレ!僕なんかが行って良いんですか?」

M先輩 :「人数に制限があるんだけど、、。行ってみたいでしょ?

その代り、バチッと決めてこないとだめだよ!」

ということで、ファッション関係の初のパーティーにお呼ばれしました。

それはバセットウォーカーが主催するクリスマスパーティーでした。

会場に入ってみると、そこには雑誌に出ているファッション関係者がいるわいるわ。

ファッションミーハーの私としては、ファッション有名人ばかりなので興奮しまくり!!

しかも、当時の私は、”自分がその中にいる”、ということが信じられない環境でした。

先輩たちとソファーに座っていたら、ななんと目の前にマジか!?

って人が座ってるじゃないですか!!

サッカー日本代表、 武田 & 前園 !!!!

挨拶とか握手とかしてもらって、すげ~!って感動!

さらに酒を取りに行くと、、

神田うの & 観月ありさ がいるじゃないですか!!

ほかにもたくさん有名人がいて・・・・

「俺、すげ~ところに来てるな~」「東京ってやっぱすげ~な~」と思っていました。

また、特別ゲストとしてゴスぺラ―ズがアカペラでみんなの目の前で歌を披露したり、、、

信じられないことの連続でした。

*10年やってると分かってきましたが、”東京のファッション業界”って感じの

華やかなイメージのまんまだと思われるかもしれませんが、実はそんなところに

出席できる人なんて、東京で何十万人いるのか分からないファッション関係者の

なかでも、ほんの、ほんの一握りの人だけなんです。そんな中にいきなり出席できる

なんて私は運が良いです。

そのパーティーで様々な人とお知り合いになりました。中でもM先輩の元同僚の

EDIFICEのWさんとの出会いが、その後の私のファッション人生を大きく動かすことになりました。

その後も個人的にM先輩とWさんと銀座で飲むことが多くなりました。

またそのパーティーで、私の目の前で繰り広げられたすごい人どおしの会話が

とってもすごい内容でした。

それは主催者であるバセットのMさんと、EDIFICEのWさんとがたまたま私の目の前で、、

Mさん:「久しぶり~!今度Wはピッティ行くの?」

Wさん:「行きますよ~」

Mさん:「じゃあこっちであんまり会えないから、ピッティで会おうよ!」

Wさん:「分かりました~、じゃああっちで連絡しますね~」

*PITTI(ピッティ)というのは、毎年2回イタリアのフィレンツェで開催される

世界服飾見本市であり、そこに行ける人なんて世界中のほんの一握り

の人しか行けないものなんです。世界ファッションの一番先で、そこで

今後のトレンドを左右したりするすごいものなんです。

『ピッティで会おうよ!』

なんという会話だ、、、、、。カッコいい~~~。すごすぎる~~~。

そこで私は一緒にテイメンで働いていた若手同僚Yと、

「俺らもいつかあんな会話したいよな~」

「俺らもいつかは”ピッティで会おうよ”!」なんて語り合っていました。

*数年後、その夢が実現するなんて!(驚)

また、ダンスフロアでは、数いる人の中でめちゃくちゃ目立ってる人がいました。

めちゃくちゃカッコいいフォ―マルで決めて、頭にはベースボールキャップ、、、

はげしいタップダンスを披露して、すごくカッコ良く目立っている人がいました。

まさか数年後にその人と熱く仕事を御一緒させていただくことになるとは

思いもよりませんでした。

それはEDIFICEのHさんでした。のちに私に多大な影響を与える方です。

そんな華やかな場も幾度となく経験させていただきました。

お店では日々修行の日が続き、ファッション=文化ということを体感しました。

そして時はあっという間に過ぎてゆき、テイメンに入社して1年が経とうとしていました。

私はもともと1年どこかで働いて、もう1年は違う系統のSHOPで(出来ればいわゆるセレクト)で

働いて修行したいなと考えていました。

「そろそろ一年だし、次の場で修業したいなぁ」なんてM先輩に話していたら、

ななななんと!

EDIFICEのWさんがM先輩に

Wさん:「だれか働いていないスタッフで知り合いいない?うちのスタッフ一人辞めちゃってさぁ」

M先輩 ;「潤ちゃんがいるじゃん!いま退社考えてるからさ。」 *潤ちゃんとは私のことです。

Wさん :「そうなの?潤ちゃんだったら一番いいな!来るかな~?」

M先輩 : 「言ってみるよ。」

という流れで、こちらとしてはありがたいかぎりなので、早速動いていただきました。

そしてH14、9月からEDIFICE銀座店に入社することが決まったんです。

Wさん、引き抜いていただき、さらに上部に推薦していただきありがとうございます。

M先輩、私を推薦していただきありがとうございます。

*当時EDIFICEはキャリアのある中途採用しか採用していなかったので、一般募集とは

別に服屋の知り合いを当たることも多かったみたいです。

しかしタイミングも含め、何もかも、、、私は運がいいですねぇ。

さて、そこから私のEDIFICEでのキャリアが始まるわけですが、それはまた第3幕以降でお伝えします。

長くなりました。

もし読んでいただいた方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます。

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