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DRESSERS for Gentleman [Elegant] [Highquality] [Chic] [Shy] [Passion] [Gentleness] [Respect] [Culture]

2013年4月

「思い出話、続き、、」   

2013.04.21

店主の思い付きコラム

お客様から、前回のコラムの思い出話が非常に興味深かったので、続きが

読みたいと強く要望があったので、続きになるかどうか分からないが、思い出話。

テイメン銀座店で勤務することになって2日目。 先輩のMさんに食事に誘って

いただき食事を御一緒させていただきました。

その時です。

いきなりMさんからの第一問、

「山田君は何年代が好きなの?」

当時の僕は23歳。

「ん~~~??全く質問の意味が分からない。。。

「なんなんだこの質問は???。

二人で話してるのだからファッションの話だろう、多分。。。。」

色々考えてみましたが、全く答えが見つからないし、

僕自身にその質問に対しての引き出しが全く無い。。。。

そこで逆に「Mさんは何年代がお好きとかあるんですか?」って質問すると、、

「俺はねぇ、基本的には30年代なんだけど、〇△◇〇△◇〇なんだよね~~~」

ムムム!!!???答えていただいたのに、

その答えの冒頭部分しか頭に残っていない、、、、、、、。

僕の頭に衝撃が走る。

「コレが東京か~~!!!!!!!!!!!!!

コレが東京なのか~~!!!!!!!!!!!!!!

すごい!すごすぎる!

まったくついていけない!大丈夫か?オレ!」(頭の中の言葉)

ただ同時に

「すげ~~~!この人。カッコいいな~~。すごいな~~。

俺もこうならないとな~~~。いや、なってやる!!!」(頭の中の言葉)

とがっつり思いました。

(*前回のコラムでも触れましたが、10年以上東京の一線でやってきて

この”Mさん”がずば抜けてすごかっただけで、皆がそうというわけでは

全然ありませんでした。)

ただそういうことが分かってくると、僕は運があるな~~とつくづく

思います。だって東京の中でもそんなずば抜けてレベルの高いMさんと

最初にお会いしたんですから。そしてMさんのレベルが

僕の中で一種の標準レベルとして考えられて、それをもとに行動できたし、

努力出来たわけですからね~。

すごいことです。Mさんに本当、感謝感謝です。

そこからというもの、当時ネットも今みたいな状態ではないので、

僕はもっぱら文献・雑誌が僕の情報源でした。

毎日12時過ぎに帰宅して、そこから個人学習時間です。

帰ってから風呂に入り、文献を参考にずっと勉強してました。

恐らくそこから3年くらいの平均睡眠時間は4時間くらいだったと思います。

好きなファッションやって、情報、知識が日に日に増えていくし、

分からないことは次の日お店に行って先輩に質問出来るし、

質問したら文献以上の内容を教えていただけるし、

生活自体は体力も金銭面もとても大変な時期でしたが、

毎日好きなことやってとても楽しい日々でした。

日によっては、最寄駅から自宅までの徒歩15分の距離が

疲れ過ぎて歩けずに、40分くらいかかって帰ったりすることもありました。

でも明日また行くのが楽しみ。その時期は、知識・経験が

カラカラのスポンジに吸収されていくように、毎日成長している感覚が

すごかったです。もちろん現在もいっぱい吸収しながら歩んでいますが、

あの時のベースが今でもドレスの基礎になっていることは間違いありません。

全て先輩方に恵まれ、叱られながら、笑いあいながら、知識や知恵を

惜しみなく相伝していただき、今日の僕がいることは間違いありません。

僕のドレスの基礎を徹底的に築いた時期でした。

また銀座という街が、高いレベルを求められる特殊な街であり、

その街で東京販売員をスタートし、長年いさせていただけたこともまた

僕は運に恵まれてるな~~~と感じます。

本当に僕に絡んでいただいた皆さんに感謝です。

ありがとうございます。

思い出話は1年間で365話あり、尽きないので気が向いたら

また書くことにします。

なんか大きく出ちゃってます。

2013.04.20

blog

皆さん、こんにちは。

携帯では画像が見られないかもしれません。

予めご了承ください。

本日発売されてる、皆さんご存知

「タウン情報まつやま」ですが、

ncm_0867.JPG

「愛媛のプロフエッショナルたち」というコーナーで

私が紹介されちゃっております。

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なんか大きく出てますね~~~。

体自体が相当大きいですが(笑)

ひっそりと看板も出さずにやっているお店を

こうしてピックアップしていただいて感謝感謝です。

今回はオーダースーツのお店として出てもらいたい

ということでしたので”オーダースーツ”ってなってますが、

製品も色々ありますので、ご安心を。

オーナーの都合で開いてたり閉まってたりするお店ですが、

今後とも皆様よろしくお願い致します。

服って面白いな~~~~ってどんどん思ってもらえるよう

これからも精進してまいります。

ちなみに来週末くらい?から、

オーダースーツでスペシャルな企画が出来そうです。

あと、インコの新作やザノーネの新作なんかも到着するかも?です。

また「bit(ビット)」も出ています。

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なんかいっぱい出てますね。

「男の着こなし」という男くさい昭和な感じの題名でコラムを

書いてきましたが、(まさかの今回で37回目!!3年も書いてた!!)

残念なことに、今月号で、「bit(ビット)」は一旦休刊なんですって。

だから「男の着こなし」もいったん終わりということですねぇ。

聞くところによると、毎号「男の着こなし」コラムを集めて

いただいて、読んでいただいてらっしゃる方も結構いらっしゃるとか。

ありがたいかぎりです。熱心に読んで下さっていただいた皆様

ありがとうございました。

「bit」が休刊ということなので、DRESSERSのホームページにでも

題名変えて定期的に継続しましょうかね?

bitは無料のフリーマガジンだったので、広く一般に向けた内容に

していましたが、ホームページになにか書くとしたら、もう少しコアな

内容を書いた方が良いんでしょうかね~。

まあ、なんか考えます。御希望あれば言ってください。

どちらも良かったら見てみてくださいね。

DRESSERS

<お知らせ>

4月22日(月)・23日(火)・24日(水)は店休とさせていただきます。

 

「4月新生活スタート:思い出話」 

2013.04.04

店主の思い付きコラム

昨日、今日と、お店の前を新社会人の方々であろう人たちが大人数で

歩いてらっしゃるのを良くお見かけする。中には慣れない革靴で少し

足を引きづって歩いてらっしゃる方もチラホラ。なんとも微笑ましい

光景につい昔を思い出してしまう。

私は学生時代から大学はロクに行かず、洋服屋で四六時中バイトを

していた。そしてそのままその会社に卒業と同時に正社員として

雇っていただいた。だから緊張とか新生活といった、皆が感じるであろう

ドキドキや不安もそんなになく、いきなり仕事に入ることが出来た。

だから私は大学3年や4年の時の、いわゆる就職活動と言うものをしたことがない。

実際に就職活動と言うものをしだしたのは、その会社を泣く泣く辞めて、

(送り出していただいた社長やスタッフの方々に今でもこれからも感謝 して

おります。)将来の目標に向かって、”進路は東へ~~~♪♪”と熱い想いで

住む家も、友達も、親戚も、知り合いも、貯金も何も無い状態で、バック一つで

故郷山口県から夜行バスに乗って東京へ向かった。

もちろん就職先は全く決まってもいない状態で、、。

まるでフォークソングの世界だ。

奇跡的な出会いがいくつも重なり住む家は確保できた。

(その話はいつかするとして。。)

最初はビックリするくらい面接に落ちた。面接までしてもらえるところ自体が

少なかった。ほとんど履歴書の段階で落とされる。東横線の祐天寺と言う

駅に住んでいて、代官山は自転車で15~20分で行ける。当時の代官山は

それはもうお洒落のかたまりで、毎日のように行っていた。

代官山のほとんどのショップを受けたのではないかと思うくらいに

受けた。もちろん全部落ちた。その時代は入口のガラスの下あたりに

自然といつも目がいく習慣が抜けなかった。それは、大体その位置に

スタッフ募集の張り紙がしてあるからだ。

今思えば、落ちて当然だと思う。”四国の愛媛の松山で学生時代洋服屋で

バイトしてました”って言われても、「で?、、、、」で終わりである。東京で

店長時代にその時代の自分が面接に来たら間違いなく落としていたと思う。

どんなに就職がなくても、コンビニでバイトするのは自分が許せなかった。

服屋でやるために東京に来たんだ!と何度も言い聞かせた。

なぜか一番最初に決まったところがテイジンメンズショップ”横浜店”だった。

東京を見たくて来たのに、東京のレベルを体感したかったのに、なぜ横浜?

家から渋谷までは10分なのに、逆方向の神奈川県に1時間もかけて通勤している。

不思議な状況の中だったが、服屋で働くことに意味を持っていた。

さあ、初めての新社会人。右も左も分からない。言葉もバリバリの山口弁で

標準語が全くしゃべれない。正直ワクワクはなかった。ドキドキしかなかった。

店長や先輩方の人間関係や、それぞれのキャラに順応するだけで1週間

がたった。正直何の仕事もこなせていない。。。。

そんななか入社1週間でまさかの移動。

「明日から銀座で働かないか?」

今思い出しても、あの時の驚き、いや恐怖とまで言えるような緊張感は

今でも忘れられない。

「え?!、、銀座って、”銀座本店ですか?」

聞けば、本店のスタッフの方が一人退社されたそうで、

人数穴埋めに僕が行くこととなったらしい。

まさかの展開。しかも言われた次の日から。

本店と言えば日本メンズファッション界において泣く子も黙る老舗ショップ。

ほかのテイメンとは全く品揃えから何から何もかも違う。

もう本当に右も左も全く分からないままただただ与えられたことを

必死でこなすことだけで必死だった。先輩達の話している服の

内容が、宇宙語か!?と思うほど、全く分からない。

自分は割と洋服の知識があるなんて、少しでも思っていた自分が

恥ずかしい。全くレベルが違う。

(数年後に分かったが、その先輩たちが東京の中でも突出して

すごかったんだとわかった。)

ファッション業界、特に小売業において、入社してくる人は、

全てファッションが好きで入ってくる。趣味を職業にしようという人しか

入ってこない。先輩たちの話を聞きながら、”もしかしたら自分は

服が好きではないのではないか?”という疑問をも浮かんでくる。

でも知らないことが毎日出てきて、毎日教えてもらっての生活が

とても面白かった。毎日160円のかけそば一杯だけの生活だったし、

毎日23時くらいまで仕事だし、帰ったら24時は平気で過ぎてるし、

振り返ると何気に大変だったんだろうという感じだが、

当時の僕には色んな事を吸収している自分が楽しくてしょうがなかった。

仕事から家に帰っても3時4時まで本を読んで勉強する毎日。

分からないことをまとめて、次の日先輩に質問する。

するとコチラが思ってた以上の答えがどの質問にも帰ってくる。

先輩やお客様からご指摘をいただきながら、段々標準語も

しゃべれるようになってきた。最初はずっと裏方の備品管理や配送業務、

お直し出しや伝票整理が仕事だったが、そのうち上顧客様に顔合わせ

していただいたり、接客させていただいたり、段々と仕事の幅を広げていただいた。

なんか色々なことを思い出します。新社会人の皆様も今から人生全く知らない

世界が始まると思います。僕の思い出話をしていると本になるくらい

長くなってしまうのでこのくらいにして、もし新社会人の方が一人でもこのページを

見てくれたら、なんか嬉しいです。

僕も初心を忘れずに、今まで同様、今まで以上に、ファッション道を

前に前に匍匐前進しながら進んでいきたいと思います。

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